この追悼サイトは、 中山 大三郎(作詞家・作曲家)さまのために作成されました。
享年64歳 、誕生日 1941年2月15日、命日 2005年4月7日
※ 中山さんへのメッセージ投稿や、思いでの共有はサインインで可能になります。
中山 大三郎(なかやま だいざぶろう、1941年2月15日 - 2005年4月7日)は、日本の作詞家、作曲家。
主に演歌、歌謡曲を中心に作詞、作曲を行っていた。
概要[編集]宮崎県北諸県郡高崎町(現・都城市)出身。1995年に結婚した三佐子夫人は、アナウンサー小川宏の次女。
宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校卒業。法政大学在学中、作詞家の星野哲郎に師事、作曲家としての活動を始める。
クラウンレコードの専属作曲家を経て、尾形大作の『無錫(むしゃく)旅情』、島倉千代子の『人生いろいろ』、天童よしみの『珍島(ちんど)物語』などの大ヒット曲を作詞、作曲した。
また、別名義に水沢圭吾・なかやま和郎・山下孝一郎がある。
テレビのワイドショーのコメンテーターとしても活躍する一方で、1989年から日本作詩家協会の常務理事を務めていたが、1999年に癌であることを公表した。
2005年4月7日、中咽頭癌のため死去[1]。64歳没。
地元都城市のイメージソング「ウエルネス ウェルカム」の作詞作曲を手がけている。
大相撲の元関脇・益荒雄(先代阿武松親方)と親交があり、阿武松部屋に入門したロシア出身の力士・阿夢露(あむうる)の名付け親となった。
主な作品[編集]
解説[編集]
中山大三郎のお墓 東京都港区 正溝寺
※注:このサイトは、中山大三郎に関連した書きかけのものです。 内容について加筆・訂正などをしてくださる協力者を求めています 作成者拝
享年64歳 、誕生日 1941年2月15日、命日 2005年4月7日
※ 中山さんへのメッセージ投稿や、思いでの共有はサインインで可能になります。
中山 大三郎(なかやま だいざぶろう、1941年2月15日 - 2005年4月7日)は、日本の作詞家、作曲家。
主に演歌、歌謡曲を中心に作詞、作曲を行っていた。
概要[編集]宮崎県北諸県郡高崎町(現・都城市)出身。1995年に結婚した三佐子夫人は、アナウンサー小川宏の次女。
宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校卒業。法政大学在学中、作詞家の星野哲郎に師事、作曲家としての活動を始める。
クラウンレコードの専属作曲家を経て、尾形大作の『無錫(むしゃく)旅情』、島倉千代子の『人生いろいろ』、天童よしみの『珍島(ちんど)物語』などの大ヒット曲を作詞、作曲した。
また、別名義に水沢圭吾・なかやま和郎・山下孝一郎がある。
テレビのワイドショーのコメンテーターとしても活躍する一方で、1989年から日本作詩家協会の常務理事を務めていたが、1999年に癌であることを公表した。
2005年4月7日、中咽頭癌のため死去[1]。64歳没。
地元都城市のイメージソング「ウエルネス ウェルカム」の作詞作曲を手がけている。
大相撲の元関脇・益荒雄(先代阿武松親方)と親交があり、阿武松部屋に入門したロシア出身の力士・阿夢露(あむうる)の名付け親となった。
主な作品[編集]
- おそ松くん音頭(歌:細川たかし、作詞:森雪之丞、作曲:中山大三郎)
- 男の背中(歌:増位山太志郎、作詞・作曲中山大三郎)
- 思い出さないで(歌:島崎恵子、岩崎宏美、作詞・作曲:中山大三郎)
- 帰って来いよ(歌:サムソン・クツワダ、作詞:中山大三郎、作曲:市川昭介、編曲:北野ひろし)
- 川越市立新宿小学校校歌(作詞:山口進啓)
- 川越市立特別支援学校校歌(作詞:山口進啓)
- 寒椿(歌:森昌子、作詞:中山大三郎/作曲:船村徹)
- 苦労かけたね(歌:三條正人、作詞:なかにし礼、作曲:中山大三郎)
- ゲートボール音頭(歌:山田太郎・美樹克彦・中山大三郎・大木凡人、作詞・作曲:中山大三郎)
- 子供が三人おりますねん(歌:西川きよし、作詞:喜多條忠、作曲:中山大三郎)
- GO! GO! 掛布(歌:遠藤良春、作詞・作曲:中山大三郎、編曲:若草恵)
- さざんか(歌:森進一、作詞:中山大三郎、作曲:猪俣公章)
- さよなら宗谷/海に歌えば(歌:春日八郎、作詞:喜多條忠、作曲:中山大三郎)
- さよならはほほえみで(歌:三條正人、作詞・作曲:中山大三郎)
- サヨナラMr.…(歌:辻沢杏子、作詞:中山大三郎、作曲:TAI)
- しらけ鳥音頭(歌:小松政夫、スージー・白鳥、作詞:中山大三郎、補作詞:しらけ鳥宴会団、作曲:平川志朗・小杉保夫)
- 人生いろいろ(歌:島倉千代子、作詞:中山大三郎、作曲:浜口庫之助)
- 大連の街から(歌:城之内早苗、作詞・作曲:中山大三郎)
- チコと暮らしたあの二年(歌:三條正人、作詞:なかにし礼、作曲:中山大三郎)
- 済州エア・ポート(歌:半田浩二、作詞・作曲:中山大三郎)
- 珍島物語(歌:天童よしみ、作詞・作曲:中山大三郎)
- 南京へ来来(ライライ)(歌:宝ひとみ、作詞・作曲:中山大三郎)
- 新潟ブルース(歌:美川憲一、作詞:山岸一二三、補作詞:水沢圭吾(中山大三郎)、作曲:山岸英樹&中川博之)
- ふるさとはどこですか(歌:テレサ・テン、作詞:中山大三郎、作曲:うすいよしのり)
- 冬から春へ(歌:三笠優子、作詞・作曲:中山大三郎)
- 北緯五十度(歌:細川たかし、作詞:中山大三郎、作曲:望月吾郎)
- 味噌汁の詩(歌:千昌夫、作詞・作曲:中山大三郎)
- 無錫旅情(歌:尾形大作、作詞・作曲:中山大三郎)
- 六つの星(セントラル・リーグ連盟歌、歌:細川たかし、作詞:能丸武、作曲:中山大三郎)
- 夜行列車/波止場ばなし別れた故郷/港のみれん雨(歌:春日八郎、作詞:中山大三郎、作曲:船村徹)
- ゆうすげの恋(歌:森進一、作詞・作曲:中山大三郎)
- 甦れ! 俺の西鉄ライオンズ(歌:黒田武士、作詞・作曲:中山大三郎)
- 夜の銀狐(歌:斉条史朗、作詞:水沢圭吾(中山大三郎)、作曲:中川博之)
- ルパン音頭(歌:三波春夫、作詞:モンキー・パンチ、補作詞:中山大三郎、作曲:大野雄二)
解説[編集]
- ロングヒットによって130万枚を超える売上を記録し[1]、自身初のミリオンセラーとなった。
- 本楽曲で、1996年12月31日に開催された第38回日本レコード大賞において、最優秀歌唱賞を受賞。また、翌1997年末に開催された第39回では、優秀作品賞を受賞した。
- 当曲のロングセラーにより、1997年大晦日に生放送の第48回NHK紅白歌合戦へ、自身4年ぶり2度目のカムバック出場を果たす。それから10年後の2007年末の第58回でも、「珍島物語 〜絆〜」として2回目の歌唱披露と成った。
- 2022年12月30日に開催された第64回日本レコード大賞においては特別顕彰を受賞、歌唱披露した。
中山大三郎のお墓 東京都港区 正溝寺
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