(生い立ち)
1908年1月9日、パリ6区モンパルナス大通り103番地で、ジョルジュ・ベルトラン・ド・ボーヴォワールとフランソワーズ・ブラスールの間にシモーヌ・リュシ・エルネスティーヌ・マリ・ベルトラン・ド・ボーヴォワールとして生まれた。父ジョルジュはパリ控訴院弁護士、母フランソワーズはヴェルダン(ロレーヌ地方)の裕福な銀行家ギュスターヴ・ブラスールの娘であったが、翌1909年、ギュスターヴ・ブラスールが破産し、13か月間投獄された後に釈放され、妻と共にパリに引っ越した[1]。
1910年6月6日、妹アンリエット・エレーヌ・ド・ボーヴォワール誕生。ボーヴォワール一家はリムーザン(フランス中南部)にある地所でヴァカンスを過ごすことが多かったため、シモーヌはリムーザンの自然を生涯、愛し続けた。
1913年(5歳)、パリ6区ジャコブ通りのカトリック系の私塾アドリーヌ・デジール学院に入学した。1880年代のジュール・フェリーの教育改革により公教育の非宗教性・無償性が保障されたため、学費を払ってカトリック系の私立学校に子どもを通わせたのは、ほとんどがブルジョワ階級の家庭であった。
1910年6月6日、妹アンリエット・エレーヌ・ド・ボーヴォワール誕生。ボーヴォワール一家はリムーザン(フランス中南部)にある地所でヴァカンスを過ごすことが多かったため、シモーヌはリムーザンの自然を生涯、愛し続けた。
1913年(5歳)、パリ6区ジャコブ通りのカトリック系の私塾アドリーヌ・デジール学院に入学した。1880年代のジュール・フェリーの教育改革により公教育の非宗教性・無償性が保障されたため、学費を払ってカトリック系の私立学校に子どもを通わせたのは、ほとんどがブルジョワ階級の家庭であった。