承継
軌跡

(生い立ち)

大和国宇陀郡池上村(のち奈良県宇陀郡伊那佐村池上、現・奈良県宇陀市)で、農家の父・安二郎と母・ナカの長男・卯之吉として生まれる。生地の池上はもともと湿地の上にできた集落で、飛鳥時代から薬草の町として知られ、日本書紀は宇陀一帯で日本最初の薬猟(薬の原料を採取する古代の宮廷行事)が行なわれたと記している[4][5][6]

(青年期)

幼い頃から学問に励み、地元で代用教員を勤めるなどしたのち[4]関西法律学校(現・関西大学)に入学するが、上京して父方遠縁の森田源右衛門宅に寄寓。国民英学会で英語を学んだ[4]。その後本格的に法律を学ぶために英吉利法律学校(現・中央大学)に入学[4]。ちなみに森田源右衛門の妻、森田いしは、叔父、津村(旧姓・山田)磯次郎夫人の津村みつの実妹にあたり、後年、山田安民の実弟である初代津村重舎も森田家に寄寓し東京商業(現在の一橋大学)に通った。その後、重舎は森田源右衛門の養子になったが養母のいしが亡くなったのを契機に養子縁組を解消。故郷に戻り津村家に婿入りしていた叔父の津村磯次郎の養子となっている[7]